タイのパーマカルチャーファーム訪問記:エネルギー編

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1.準備編
2.到着編
3.仲間たち編
4.イベント編
5.村の日々編
6.娘編
7.食事編
>8.エネルギー編
9.サンドットさん編
10.帰国編

「北海道のおじさんが来た!」ゆうきさんが大好きな娘には来るまで内緒にしておいた

ここに滞在中、ちょっとした嬉しい事があった。

準備編で登場した、私の起業の恩師でもあり、「遊暮働学」という言葉の生みの親であるゆうきさん本人が6年ぶりにサハイナンに来て、2日間一緒に過ごす事ができたのだ。

もちろん来るのは事前に知っていたが、自分をサハイナンに連れてきた本人とサハイナンに一緒にいる事が不思議すぎてたまらなかった。

ゆうきさんとエネルギー問題

ゆうきさんが作った家「Yuki family’s house」

少しゆうきさんの話を書くと、

ゆうきさんは子供の頃からエネルギー問題に興味があり、東京電力に入社後は当時クリーンエネルギーと言われていた原子力の為に尽くしていたが、震災でその安全神話が崩れ、退社を決意。

その後サハイナンを訪れ、自然から得られるエネルギーだけを有効に利用し、ライフラインの通っていない山奥のジャングルで、楽しく快適な暮らしをしている事に衝撃を受けた。

「昔はウォータートラブルが毎日の様にあって、それを直すのは僕の役目でした」この道を登って直しに行ったそうです

それから家族で毎年サハイナンを訪れ、通算で1年の期間をサハイナンで過ごし、サンドットさんからパーマカルチャーを学んでいった。

ゆうきさん自身もサンドットさんのパーマカルチャースクールで、電気の講義をしていた事もあったそうだ。

「この下に水のタンクがあって、残量をこうやって棒を入れて確かめるんですよ」

帰国後は日本でひたすらパーマカルチャーの実践。

エネルギーの問題を解決するには、ライフスタイルや考え方を変えていく必要があると感じ、当時アパート暮らしだったが、「パーマカルチャー研究所」を立ち上げ、自分たちの生活を少しずつ変化させていく様子を毎日発信していった。

次第に発信を見てくれる人が増え、土地を貸してくれる人が現れ、そのやり方を教えて欲しいという人が現れ、パーマカルチャーを仕事に変えていった。

さらにはパーマカルチャーに限らず、パーマカルチャー的暮らしをする為に働き方を変えたいという人の為に起業の仕方も教える様になり、私もそこでゆうきさんと出会う事になった。

「川からつながっているこの長いパイプのどこで水が詰まっているか、五感をフルに使って予想しないといけないんですよ」

ゆうきさんにとってはサハイナンが新しい生き方への原点であったし、ゆうきさんに教わる人々にとってもそれは同じだと思う。

サハイナンがあったから、私も生き方や考え方を変え、娘を連れてここに来る事が出来たのだ。

ここに来る事は私にとってとても大きな意味がある事だったし、さらにその恩師と共に村を見て周り話を聞かせてもらえたという事が、本当に今でも「夢だったのかな?」と思えてしまう。

サハイナンはシムシティ?!

ここが昔みんなで集まってご飯を食べていた場所

ゆうきさん曰く、サハイナンは6年前とは全然違う姿で、今自分がどこにいるのか分からない、というくらい変わったそうだ。

確かにもう使っていないような建物が沢山ある。

「サンドットさんは本当に天才で、シムシティみたいにボンボン建物建て変えていくんすよ〜」

山から切り出した木材であっという間に作れるらしい

昔はアスファルトの道路もなかったし、今メインとなっている大きな建物もなかったそうだ。

「建物も何もかも立派すぎて、まるでずっと前からあった建築物みたいですけど、昔は本当に何もなかったんですよ」

そう話すゆうきさんの言葉を聞いても、実際に犬小屋さえ作った事がない私にはそのすごさがピンとこないのが、少し寂しかった。

サンドットさんの仕事場

サンドットさんから私も色々習いたいけど、何から手をつけていいのやら・・・
竹ひご作りでさえ、一筋縄ではいかなさそうだった。

でも今回の旅の目的はパーマカルチャーを習う事ではなく、村の雰囲気を見たかったし、サンドットさんが何を考えているのか?どんな人なのか?どんな理念でやっているのか?
その片鱗に触れる事だ。

そのサンドットさんの物語はまた次回・・

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